華流映画コラム 


酒とタバコと鴨の首料理。屋台街で暮らす女の生き様

 

ションヤンの酒家(みせ) /原題:生活秀

監督/フォ・ジェンチイ(霍建起)

 

  薄暗く狭いトンネルのような通路を歩く女の後姿が大きく映し出される。女は紅い鴨の首料理を盛った皿を右手で高々と掲げ、もうもうと白い湯気の上がるステージへさっそうと登場する――。そこは重慶にある屋台街の一角。彼女が切り盛りする小さな酒場「久久酒家」だ。ヒロインはこの屋台街の一輪の赤い華、ライ・ションヤン。シンプルな黒いワンピースに髪は一つにきりりと結い上げ、真紅の紅をひいた艶やかな唇、黒く濡れた強い眼差し。圧倒的な存在感を漂わせながら、今日も店先に座ってタバコをくゆらせ、鏡越しに常連客のその男・卓と視線を交わらせる...。

 

 

2002年公開の中国映画「ションヤンの酒家(みせ)」(原題:生活秀)は、「山の郵便配達」の霍建起(フォ・ジェンチイ)監督の作品である。陶紅(タオ・ホン)が美しく気丈なヒロインを魅力的に演じている。物語の舞台の重慶市は人口2800万人超の工業都市。古くから物流の大動脈である長江の恩恵を受け、ガス田などのエネルギー産業、自動車や軍事設備の生産等で勃興した。山間の美しい景観や長江下りなど観光資源も豊富だが、急速な都市開発による大気や水源汚染など環境問題を抱えている。近年の三峡ダムの建設時は街が水没して多くの住民たちが住居移転を余儀なくさせられたが、この問題を扱った樟柯 (ジャ・ジャンクー)監督作品「長江哀歌」(原題:三峡好人)もまだ記憶に新しい。そんな都市開発の余波を受けながらも懸命に生きる一人の中国人女性の姿を描いたのが本作品である。

 

 

ションヤンが登場する冒頭数分間の映像が美しい。

そこは赤い色の中国的異国風情に、暗闇と光のコントラストが織り成す妖艶な小宇宙―。間仕切りの電飾は夜空にきらめく無数の星座。ぶらさがる裸電球は遠くで寂しい光をほんわり放つ惑星だ。満天の星空から地上を覗けば、料理人が絞めたカモの首を出刃包丁でドンドンと叩き切り、黄金色の魚の鱗をザクザクとそぎ飛ばす。一日の疲れを癒すために飲み食い、大声で話す客たちのすぐ脇を野菜かごを背負った男女が行き交う。花売りの少女、靴磨きの男、風車売り、二胡を演奏して金を乞う者も見える。ションヤンは毎晩同じように、鴨の料理とビール瓶を両手に、この猥雑で美しい小さな星の番人として切り盛りするのだ。

 

 

ションヤンは頭のいい、仕事のできる女だ。タフで時に冷徹、そして純情な女でもある。人々を魅了する術も知っている。ユーモアや皮肉を交えた客への切り替えし、酔っ払いのあしらいも上手い。恵まれた頭脳に容姿、対人スキルと人脈を駆使して、文革時代に奪われた両親の家の権利を首尾よく奪還する手腕は見事だ。

それに対して、彼女の周囲の人間たちは愚かで弱い人間として容赦なく描かれている。気の強い妻の尻に敷かれる兄は頼りにならず、その兄嫁はションヤンを妬み、敵視する。母親代わりになって育てた弟のジウジウは麻薬中毒で更生施設に入院中。その弟の元恋人でションヤンの店で働く田舎娘・アメイは世間知らずで鈍くさく、自殺未遂を起こす始末。しっかり者ゆえに家族の問題をすべて背負い、傷つき失望しながらも奮闘するションヤンの姿が痛々しく、とてつもなく凛々しく美しい。厳しい現実に向きあい続いていく日常を必死に生きるションヤンの姿を飾らずに、突き放すような乾いた客観的視点と抑えたトーンで淡々と描いたリアリティ溢れる作品だ。こんな生きづらい時代だからこそ、ヒロインから前を向いて歩く力をもらいたい。

     

 

文・写真/茉莉花 (2016年)

イラスト/MameChang

 

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【鴨の首料理】

ションヤンの店の看板料理、鴨頸(ヤージン)という鴨の首料理。鴨脖(ヤーボー)ともいう。日本人にとってはなじみの薄い料理かもしれない。鴨の首の部分を骨ごとぶつ切りにして唐辛子等の香辛料をまぶしたビールや日本酒等にぴったりの一品だ。※写真は「小巍鴨脖店」(シャオウェイヤーボー)で食べたもの。https://tabelog.com/tokyo/A1304/A130404/13168032/