馬双喜さん
龍仙 馬さんの店本店
上海の風を感じる店。女主人のヨコハマ物語
横浜中華街の「馬さんの店龍仙」と聞いて、あの「馬爺さん」の顔を思い浮かべる人は少なくないだろう。店の女主人は、馬爺こと馬玉清さんの姪っ子・馬双喜さん。中国から海を渡り日本へやってきたのは29歳の頃だった。
遡るは改革開放時代の上海。1984年、若くして料理店を開店、点心師の資格も取得した。人々の生活はまだ貧しく、賄賂の横行する中で店を切り盛りするには、真面目さと努力だけでは立ち行かないこともあった。
「当時の中国は、嘘をつかなければ生きていけない時代。賄賂を取られながら店を守ったけど、精神的には疲れていた。」と語る。就学生ビザを取得し、東京で働く伯父を頼って初めて日本に降り立った。勤勉で法律を守り、子どもには「嘘をつくな」と教えるこの国は「生真面目な自分には暮らしやすい所だと思った」と言う。
バブル景気の最中、アルバイトで勤めた新橋の中国料理店で出会った料理は、これまで見たことの無い高級コース料理の品々だった。ここでの料理との出会いと発見が、忘れていた料理への情熱を再燃させる。厳しい時代下の上海で謳歌できなかった青春を取り戻すかのように、料理学校で若い学生達に混ざり、熱心に学んだ。バブル崩壊後、土地の価格が下がったのを機に、この横浜中華街で店を構えた。
現在4店舗の他に、中国家庭料理の教室を経営する。中でも点心クラスの指導には、一際熱が入る。双喜さんの夢は、点心作りに情熱を捧げる日本人点心師を育てることだ。「点心はギョウザ、肉まんだけじゃない。日本人にもっと色々な点心を紹介していきたいんです。」と熱く語る。
気取らない上海家庭料理のメニューが並ぶ小さな店内は、本場上海さながらに、今日もたくさんの客と活気で満ちている。甲斐甲斐しく働く双喜さんと対照的に、ゆるりゆるりと愛嬌をふりまく馬爺さんがお客さんの笑顔を誘う。いつもの光景だ。
泣きたい時に訪れるのはいつも、どこか上海に似たヨコハマ、中華街だった。山下公園から海を遠く眺めれば、水平線の向こうに白く霧で霞んだ外灘の街が浮かび上がる。黄浦江をのんびりと往来する船の霧笛、川沿いの通りに並ぶ瀟洒な洋館、思い思いに大声で喋りながら道行く人々。小さな店、若き日の自分。潮風に乗り蜃気楼のように浮かんでは消え、上海と横浜の記憶が交錯する。
「横浜は私の小さな上海。山下公園は私の小さな外灘。」
そう言って双喜さんが微笑んだその時、遠くで上海の街の喧騒が聞えた気がした。
※馬清玉さんは2017年95歳でご逝去されました。ご冥福をお祈りいたします。
※馬さんの店市場通り店は閉店し現在は3店舗経営。(2020年8月現在)
文・写真 / 茉莉花(2015年)
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【糯米焼売】
日本人にはあまり知られていない焼売だが、もち米を包んだ糯米焼売は上海の伝統的な味の一つ。モチモチとした触感に醤油やシイタケのだしがしっかりとしみ込んだおこわのような味わいの一品。馬さんの店龍仙に来たら絶対に食べてほしいイチオシメニューだ。
【鮮肉月餅】
同じく食べられる場所が限られている「鮮肉月餅」は上海人の郷愁をそそらずにはいられない月餅だ。日本では通常は月餅といえば中に餡子が一般的だが、これはひき肉餡が入った甘くない月餅。肉まん感覚で甘いものが苦手な男性にもおすすめ。「馬さんの店点心坊」の方で販売している。秋は月餅の季節、ぜひお試しを。(※季節商品のため、店舗に詳細確認のこと)
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